染色工芸家「芹沢銈介」②

芹沢銈介氏との出会いは・・・



    ずいぶん昔から見てはいたのですが「鈴廣のかまぼこ」味のあるいいロゴだな〜ぁ。くらい・・・

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    そして、ある書籍で「法然上人御影の軸」が紹介がされていて、面白い軸だな〜ぁ くらい・・・

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      そして、知人の家にある「縄暖簾」へ〜ぇ、素敵な暖簾だな〜ぁ くらい・・・(爆笑)

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そんな何気ない出会いの末に、芹沢氏のお弟子さんの息子さんとの出会いがあってから急に興味がわき、そして、型染めという、布や和紙に染める技法に興味を持ち、いろいろな作品を観るにつけ虜になりました。

もともと、染色をされてたのですが、「どんきほうて」の書籍を機に本の装丁デザインやカレンダーなどなど、多方面に才能を発揮されている作品群!それは、それは、見応えがあります。
「暖簾」「屏風」「間仕切り・カーテン」「着物」「帯・帯地・染裂」「掛け軸・額」「焼き物」「ガラス絵」「絵本」「カレンダー」「本の装丁」「イラスト」「絵画」などなど・・・


そして、出身が静岡という事もあって、とても身近に感じたました。
知れば、知るほど素敵な方で人柄も私の理想でもあります。


前にご紹介した、「登呂遺跡」の横に隣接する「芹沢銈介美術館」機会のある方はぜひ!

静岡私立 芹沢銈介美術館
〒422-8033
静岡県静岡市駿河区登呂5-10-5

TEL 054-282-5522
FAX 054-282-5510
seribi@city.shizuoka.lg.jp


作品をご覧になりたい方にはこちらを「pinterestにアップしました」>>>


「型絵染」は芹沢氏のみが使っている呼び名。
型染めについてはまたの機会に・・・(全て天然素材を使った素敵な染めものです)









では、では、
今日も素敵な1日を〜♪

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芹沢 銈介(芹澤銈介、せりざわ けいすけ)
1895年(明治28年)5月13日 - 1984年(昭和59年)4月5日)は、日本の染色工芸家。

人 物
静岡市(現葵区)生まれで、静岡市名誉市民。文化功労者。重要無形文化財「型絵染」の保持者(人間国宝)。20世紀日本の代表的な工芸家として内外から高く評価されており、民芸運動の主要な参加者でもあった。
オリジナリティあふれる作品群を生み出したほか、本の装丁など商業デザインも手がけ、また、その選美眼で世界各地の民芸品を蒐集した。東北地方、ことに仙台の街や鳴子温泉を愛したことでも知られる。
息子の芹沢長介は考古学者として活躍したが、晩年は東北福祉大学芹沢銈介美術工芸館の館長を務めた。

経 歴
1895年 静岡市本通一丁目の呉服卸商西野屋(現在の日銀静岡支店附近)、
     大石角次郎の7人兄弟の次男として生まれる
     静岡師範学校附属小学校(現在の静岡大学教育学部附属静岡小学校)卒業
     旧制静岡中学校(現在の静岡県立静岡高等学校)卒業
1916年 東京高等工業学校(現在の東京工業大学)工業図案科 を卒業
1917年 静岡市安西一丁目芹沢たよと婚姻(以後15年あまり同所に居住)、大石姓から芹沢姓となる。
     静岡県立工業試験場にて図案指導を担当するかたわら、商業デザインにも従事
1927年 民芸運動の柳宗悦の論文「工芸の道」に影響を受け終生交流。
1928年 御大礼記念国産振興博覧会で沖縄の紅型(びんがた)に出会う
1931年 同年創刊の民芸運動の同人雑誌「工藝」の装丁(型染布表紙)を担当、民芸運動に参加、
     大半の柳の著書も装丁した。
1935年 東京蒲田に工房を構える
1939年 沖縄で紅型の技法を学ぶ
     多摩造形芸術専門学校(現在の多摩美術大学)教授
1949年 女子美術大学教授
1955年 有限会社芹沢染紙研究所 開設
1956年 4月に重要無形文化財「型絵染」の保持者(人間国宝)に認定
1957年 鎌倉市津村の農家の離れを仕事場(小庵)とする
1976年 フランス政府から招聘されパリで「芹沢銈介展」開催(国立グラン・パレ美術館)
1980年-83年 『芹沢銈介全集』(全31巻、中央公論社)が刊行。
1984年 逝去。享年88。

賞 典
1966年 紫綬褒章を受章
1970年 勲四等瑞宝章を受章
1967年 静岡市名誉市民となる。
1983年 フランス政府より芸術文化功労賞を受賞
1984年 逝去、正四位勲二等瑞宝章を贈られる